
本人と会ったこともないし、今回の報道がなければその存在さえ、知ることがなかったのかもしれないのだけれども、高い 志 を持った青年が、異国の地で殺害されたことに、何ともやるせない、悔しさを感じています。 「ぺシャワール会」に何の支援をしていたわけでもなく、アフガンに対して特別な思い入れを持っていたわけではないのですが、この青年の死に対しては、深く考えなければならない気がしてなりません。 そんなことを考えながら、削り直しを頼まれた 桐箪笥 の引き出しをはずしてみると、底にふるい新聞がしいてありました。

1971年(昭和46年) 6月20日 日曜日 の読売新聞です。 現在から37年前、私は13歳中学一年生。 前年の1970年には大阪で万博が開かれまさに、高度成長のまっただ中の時代です。 沖縄はまだ返還前と言うことで、日米安保がらみで基地の存続問題が大きく語られている。 現在では 安保 と言っても若い人には何のことかも解らない世相になってしまっているけれども、この数年前には70年安保の問題でとても想像できないぐらいの議論があちこちで起きていたらしい。 私も当然10歳になるかならぬかなので、後に聞いた話がほとんどである。 しかし、逆に数年後、高校生になったときに当時の高校生が書いたものを読んで、涙を流したことを今でもよく覚えている。 多くの人の心の中に 志 が息づいていた時代。 今でも私は 志 を持ち続けているつもりだ。 今の時代、高い 志 をもって前進していた青年が、この世から消されてしまったことを、心から悼む。